「日本の教育」識者の見解(6)

「子どもに元気なくして学力向上はない」

教育現場で、百ます計算の実践などで知られる陰山英男校長(広島県尾道市立土堂小学校)は、講演で「学力だけでなく、体力、気力を含めた『生きる力』が低下している。『競争原理の導入より、子どもの生活習慣の改善が先決』と訴え」て、「この10年で子どもの体力が低下し、走力もハンドボール投げの成績もひどく落ち、学力だけでなく、体力や気力のいずれも落ちている。学力低下は『生きる力』の低下現象の一つ」(1月16日、朝日新聞)と説く。
05年、体育の日に合わせて発表された文部科学省の体力・運動能力の低下を示す調査結果でも、陰山校長の話は裏付けられます。

歯止めなき子どもたちの体力・運動能力低下傾向

文部科学省の同調査結果は、小学生(9歳)中学生(13歳)高校生(16歳)の体力・運動能力を示す数値が、04年度までの10年間、中学生男子を除いていずれも、体力低下が目立ち始めたとされる85年度を下回り、特に低下傾向が目立ったのは、小学生男子の50㍍走と同男女の立ち幅とび、高校生女子の50㍍走とハンドボール投げ。小学生男子の立ち幅とびは、85年度の女子よりも下回っていた(10日、毎日新聞)ということです。

自ら学び考える力をいかに養うか

陰山校長の講演にもどって、「ゆとり教育の『自ら学び考える力を養う』という理念はいいが、基礎学力がないがしろにされた。自ら考え学ぶ力は『態度』の問題とされた。教師は態度のチェックに忙しく、基礎学力どころではなくなった」という陰山校長は、学校週5日制でも、短時間で子どもたちに効率よく基礎、基本を身につけさせる学習、たとえば陰山校長自身が実践する百ます計算で確固たる知識や基本を身につけ、自ら考え学ぶ力が土台となるような指導こそが大事、というわけです。

大事なのは「競争よりも生活改善」

「学力向上策とは、子どもを元気にすることであって、競争原理を取り入れて勉強させることではない。全国規模の学力テストをするというが、下手をすると逆効果になりかねない」という陰山校長は、読み書き計算を火曜から木曜の1時間目に実施した結果、子どもたちの学力はぐんと伸び、生徒へのアンケートでも(勉強が)「楽しい」「まあ楽しい」を合わせて80%を超えたといいます。
そして、そのために必要なのが、「子どもたちの生活改善」を上げます。

インターネットや携帯電話に依存する子どもたち

「早寝早起き朝ご飯」の規則正しい生活が元気の源

インターネットや携帯電話に過剰に依存する現代の子どもたちは、それへの依存度が増えるほど、家族との対話や読書、友達との会話などが減ってしまいます。
陰山校長はそんな現実に対処して、「私は『テレビの視聴時間は2時間まで』と指導している。土堂小の子の場合、8割以上は2時間以内だ。保護者には『早寝早起き朝ご飯』の実践をお願いしている。睡眠時間の確保と朝の生活を確かなものにしてもらうためだ」と、いうのです。
また、「夜も早い。6年生の半分近くが9時半までに寝ている。夕食を家族全員で食べている家庭が50%以上で、家族に対話があるから、子どもたちのコミュニケーション能力が高い。朝、元気だから活発に遊ぶ。体力測定の結果も、全て数値が全国平均を上回った」といいます。

子どもに与えたい屋外の遊びや家族団欒のひととき

もうかなり以前から、子どもの遊びが失われてきたと指摘されてきました。原因は3間の喪失、すなわち、遊ぶ時間や空間、仲間の3間がなくなったというわけです。陰山校長は、こうした時間や空間や遊びといった社会環境を子どもの健全な成長発達を促す大切な要素として、地域で整備する必要を提案します。また、夕方7時の家族団欒を、週1回は取り戻すことや、学校の指導要領も早く改訂して、評価や予算について現場に創意工夫をさせるようにしてほしい、と要望します。

子どもをめぐる環境は悪化の一途、問題は大人の側に…

規則正しい生活や家族団欒の必要は、まことに当然であり、相当以前から言われたきたことですが、それが一向に実現されないばかりか、子どもを巡る環境はますます悪化していて、そこに詰め込みや校則などでがんじがらめな教育が幅を利かせている、といったら言い過ぎでしょうか。
これでは、子どもたちに息抜きの場がありません。窒息寸前の子どもたちの逃げ場が、インターネットやゲーム、携帯電話となっても不思議ではないでしょう。陰山校長の指摘のように、子どもたちを巡る環境、家庭や学校、地域社会をいかに変革していくか、まず大人に課せられた問題や課題こそ大きいと言わねばなりません。