刃物の使い方を知らない現代の青少年

肥後守世代から見て思うこと

マスコミ報道によれば、21日の午後、東大阪市内の公園で、遊んでいた4歳の男児が、17歳の見知らぬ少年に突然ハンマーで頭を殴られ、頭の骨を折る大怪我をするという事件が起きました。
その後の警察の調べによると、少年は金属性のハンマーの他に、出刃包丁や牛刀、スタンガン、アイスピック、ライターなどを手提げかばんの中に隠し持ち、神戸連続児童殺傷事件などに興味を持つなど、「誰でもいいから殺したかった」と、話しているといいます。
この少年は、いろいろの道具を持っていても、その道具は人殺ししか想定していなかったところに、少年の生い立ちと関連して、今日の社会の問題を見る思いがします。
近年、青少年犯罪が、際立って多くなっているわけではないと思いますが、何か言い知れぬ残忍で形容し難く、偶発的とも、計画的とも思えないような、似通った事件が相次ぎます。
どうしたことでしょう。豊かで、平和な社会と思われている日本の社会で、子供らの人間性を失わせるような何かが起きているのでしょうか。
その辺の考察になると、かつての悪童などには手も足もでません。その筋の専門家に期待するよりほかありません。
しかし、事件の起こるたびに専門家たちがテレビや新聞、雑誌などで問題や対策を解説して見せますが、事態はますます深刻で、憂慮する方向に向かっているように思えてなりません。

肥後守は遊びを創造する道具だった

今日の子供たちは、刃物の携帯は禁じられているようですね。現代のように、道具が生活から切り離された状態では、やむをえないのでしょう。
しかし、これまでにも述べたように、肥後守世代がかえりみて思うことは、肥後守などの刃物で、友人や他人を傷つけたという話しは聞いたことがありません。喧嘩はしょっちゅうありましたが、ポケットの肥後守を取り出して相手を傷つける、ということは思いもよらなかったでしょう。
肥後守は、喧嘩の道具ではなく、物を作り創造する道具だったからです。これは遊びだけではなく、肥後守以外の道具にも言えることです。
田舎では家の手伝いに子供たちを同行させることはよくありました。その際、田畑に出れば鎌などの農具を使い、山に行けば鋸やナタなどを携帯して、藪を払い、薪集めなどの手伝いをするのです。
道具の使い方と怖さを、子供たちはよく知っていました。ハンマーで釘などを打っていて誤って指などを叩いた痛さ、肥後守で指などを傷つけた経験は数え切れませんし、そうした痛い体験が分るだけに、喧嘩でも加減を知っていました。そして、互いに危険なものは使わないという、暗黙の了解があったように思います。

次回から、「子供の遊び道具」に戻ります

今回は、ちょっと寄り道してしまいました。肥後守の出ついでに、現代の子供たちとかつての悪童らの刃物への接し方の相違を、東大阪市の事件を想定しながら綴ってみました。
次回からは、また、子供の遊び道具をもう少し紹介してみたいと思います。