格差広げる競争万能社会に立ち向うには(23)

【その1】

2冊の本『豊かさの条件』と『働きすぎの時代』から

最近読んだ2冊の本に、私は深く考えさせられました。そして、もう少し丁寧に読後感を言えば、鉛を呑んだように、胸に深く、澱(おり)のように溜まった重苦しいものが脳裏を去来して離れませんでした。その本というのは、暉峻淑子(てるおか いつこ)・埼玉大学名誉教授著『豊かさの条件』(岩波新書)であり、森岡孝二関西大学経済学部教授著『働きすぎの時代』(岩波新書)の2冊です。
もっとも『豊かさの条件』は、03年の5月に初版が出されていますから、私もかれこれ2年ほど前に読んでいたものを、最近再読したものです。再読して、当時の書かれた内容が、現在の社会を実に的確に言当てられていたことに改めて思いを深くしました。
そして、暉峻教授の『豊かさの条件』で書かれた「切り裂かれる労働と生活の世界」などは、森岡教授の『働き過ぎの時代』でも、証明してくれています。森岡教授の同書は、05年8月に初版が出たばかりで、それだけに「働きすぎの悲鳴が聞こえる」等々のなかで、今日の日本経済の実態を実にリアルに提示してくれています。
これらの2冊は、恐らくすでに読まれた方も多いと思いますが、私が拙文で取りとめもなくつづる『若者たちに今何が……?』を考える上で、重要なヒントがそこにはいっぱい詰まっているように思いました。
そこで、両ご著書から私なりにランダムに引用させて頂いていますが、当然ながら、それでは意を尽くさない点も多いと思います。どうか実際に両書を手にとってご覧頂きければ幸いと思います。

労働者に一方的にしわ寄せされる高失業時代

問われないのか、企業の経営責任・社会的責任

・会社分割や合併、買収や倒産など、労働者は自分の会社にいつ何が起こるかわからない不安にかりたてられている。
・会社は存続しても、多くの会社が経営のスリム化に向けて、採算がとれない部門を切り捨てたり、営業を譲渡したり、賃金の安い海外に工場を移したりして、リストラを進めている。
・新規採用の中止、賃金カットやボーナスの削減、出向や転籍、希望退職の募集、解雇、仕事のパートやアルバイトへの置き換えが進む。
・02年の失業者は375万人、失業率は5・5%に達している。
・会社の経営者の経営責任や企業の社会的責任はほとんど問われないのに比して、労働者のほうは、労働者を守るべき労働組合が弱体で、そのうえ解雇制限法も、労働裁判所もない、という状況にある。
(「豊かさの条件・高失業率の時代」2〜4頁)

フリーターの実態、400万人を超えるという計算も

正社員への道閉ざされ将来の見取り図も描けず

・「失われた10年」以前には、日本で若者の失業はほとんどない、といわれていたのに、今日では、年齢別の完全失業率は、若者が最も高い。
文科省の統計で00年、高卒の正規社員としての就職率は、就職を目的としている農・工・商・水産の高校で平均53%。同じく大学卒の就職率は、90年の81%がピークで、02年には56・9%に低下。
・就職できない若者はどうするか。正規社員として採用されなかった若者達は、生きていくためにフリーターとして働く。
・過労死するほど働かされて自由のない正規社員を嫌って、賃金は安くてもいいから、出世しなくてもいいからフリーターで、の新しい生き方の現れであり、自発的な選択だと言われてきた。
・しかし、それはバブルがはじける前までの、フリーターから正社員になることが可能な時代のことである。現在では、正規社員より劣位にある不安定な周辺労働力として、フリーター、パート階層は社会的下層に定着しつつある。
・多くの若者が就職のために、3〜4年の後にはその不安定さに気がついて、正規の職場に入りたいと焦りはじめても、失業率の高い現在、正社員になることはほとんど不可能。要するにフリーターとは、一種の形を変えた失業形態だ。
・「厚生労働白書 平成14年度版」は、フリーター数を193万人とする推計を紹介しているが、赤堀正成氏は、フリーターの実態は400万人を超えると計算している(「労働の科学」02年3月号)。
・フリーターになると、能力開発のための社内研修も受けられず、昇進もなく、身分不安定のまま単純労働に据えおかれる。つまり低賃金の新しい階層が作り出されつつある。
・働く若者の間に「会社が基幹社員として育成する人材」と「使い捨てのフリーター」という階層分化が進み、しかもその2極の間の階層移動はありえない、という決定的な社会格差ができつつある。
単純労働市場には、アジアの低賃金労働者がライバルとして控えている。経済産業省の調査によれば、02年3月末現在で、海外に現地法人を持つ日本企業の現地法人従業員は345万人。国内の失業者数に匹敵する。
フリーターになった若者たちの老後がどのようになるのか、不安定社会の将来に対する見取り図はなにもない。    
(「豊かさの条件・フリーターへの道」6〜14頁)

使い捨ての労働者多い方が企業には好条件

無力の労組、春闘も賃金カットで差し引きマイナスに

・コスト削減を狙う使用者にとっては、失業者がいて使い捨てできるパートがいることは好都合だ。労働条件がよくなってもいくらでも働きたい人がいるわけだから、賃金を下げ、労働組合の抵抗を無力化し、正社員をパートや派遣労働に置き換え、人件費を節約できるからだ。
・02年、春闘で、春闘相場をつくる自動車、造船重機のベースアップは日産以外すべてゼロ回答。一兆円の連結経常利益を上げ、内部保留7兆円を超えるトヨタも、また過去最高の利益をあげたホンダも、ベースアップゼロ回答に終った。日立製作所は、定期昇給分2%を回答した直後、5%の賃金カット、つまり、差し引き3%の賃下げを行ったが、電機業界では東芝を除き、妥結したその日のうちに賃金カットの再交渉が行なわれている。いすゞ自動車でも定昇を認めた直後に基準内賃金の7%カットが会社から提案された。
(「豊かさの条件・賃金カット」14〜15頁)